2008年10月01日
③ レベルのコブラ・フォード (1/24)
米下院で、金融法案が否決されました・・・。
巷の景況感は厳しさを増す一方ですが・・・、仕事を終えて秋の夜長、虫の音を聞きながら、のんびりおもちゃをいじるのも、ある意味で言えば、私の至福の時間でも有ります。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
このコブラのシャーシーには、幾つかの問題点が有ります。
FT16D(ファイヤー・ボール・モーター)版のシャーシーには、フロントにもオイルレス・メタルが入っていますが、シャーシーの建付けが悪いと、このメタルが返って抵抗になってしまいます。
又、私が作っているシャーシーには、モーター・スペーサーが欠品しており、マウントにも歪み、傷等が大分有ります。
本来、プラスティックで出来ているこのモーター・スペーサーを作っている時間が無いので、今回はアルミ・マウントにドリルで穴を開け、ビスでモーターを固定しました。
クラウン・ギアのマイナスの芋ネジも、山が大分削れているので、今回は新しいギアに交換しようと思っています。

当時発売されていたコブラ系のスロット・カーは、アメリカン・マグ・タイプの5スポークのホイル・パターンが多いのはなぜなのでしょうか・・・?
私達がよく実車で目にする、ハリブランドのコブラⅡやGT40等のホイルパターンは殆んど見かけません。
当時のスロット・カーでこのパターンを見せるのは、レベルのダイキャスト・ホイルとモノグラムのフォードGT-RSのインナーぐらいでしょうか・・・。
(レベルのダイキャスト・ホイルも6本ではなく5本ですが・・。)
今回は、以前クラブ・レースの時に時間が無く、デイトナ・コブラ用に即席で作ったレベルのダイキャスト・パターンのインナーがありましたので、それを利用しようと思います。
このインナーはサカツウのホイル(内径15mm強)に合わせて作りましたが、K&Bのポジロック・タイプの後期型の大き目のホイルの内径にぴったり合います。
レベルのホイルより若干サイズが大きくなりますが、今回はこれで行って見ようと思います。
レジンのインナーのセンター・ホールは、インチのシャフトが通る様に、3.2mmのドリルで削って有ります。

巷の景況感は厳しさを増す一方ですが・・・、仕事を終えて秋の夜長、虫の音を聞きながら、のんびりおもちゃをいじるのも、ある意味で言えば、私の至福の時間でも有ります。
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このコブラのシャーシーには、幾つかの問題点が有ります。
FT16D(ファイヤー・ボール・モーター)版のシャーシーには、フロントにもオイルレス・メタルが入っていますが、シャーシーの建付けが悪いと、このメタルが返って抵抗になってしまいます。
又、私が作っているシャーシーには、モーター・スペーサーが欠品しており、マウントにも歪み、傷等が大分有ります。
本来、プラスティックで出来ているこのモーター・スペーサーを作っている時間が無いので、今回はアルミ・マウントにドリルで穴を開け、ビスでモーターを固定しました。
クラウン・ギアのマイナスの芋ネジも、山が大分削れているので、今回は新しいギアに交換しようと思っています。
当時発売されていたコブラ系のスロット・カーは、アメリカン・マグ・タイプの5スポークのホイル・パターンが多いのはなぜなのでしょうか・・・?
私達がよく実車で目にする、ハリブランドのコブラⅡやGT40等のホイルパターンは殆んど見かけません。
当時のスロット・カーでこのパターンを見せるのは、レベルのダイキャスト・ホイルとモノグラムのフォードGT-RSのインナーぐらいでしょうか・・・。
(レベルのダイキャスト・ホイルも6本ではなく5本ですが・・。)
今回は、以前クラブ・レースの時に時間が無く、デイトナ・コブラ用に即席で作ったレベルのダイキャスト・パターンのインナーがありましたので、それを利用しようと思います。
このインナーはサカツウのホイル(内径15mm強)に合わせて作りましたが、K&Bのポジロック・タイプの後期型の大き目のホイルの内径にぴったり合います。
レベルのホイルより若干サイズが大きくなりますが、今回はこれで行って見ようと思います。
レジンのインナーのセンター・ホールは、インチのシャフトが通る様に、3.2mmのドリルで削って有ります。
2008年09月27日
② レベルのコブラ・フォード (1/24)
大分、秋らしい陽気になって来ました。
麻生新総裁が誕生したかと思ったら、小泉元首相が引退するという・・・。
構造改革半ばで、また逆行しそうだ・・・。
世界的金融不安が騒がれて久しい中、今度は日本の野村HDと三菱UFJが、リーマンの一部人員引き受けとモルガンにテコ入れするらしい・・。
グローバルな見識は必要だが、不良債権処理で数年前まで合併でその存続を保って来た日本の銀行が、そんな大盤振る舞いをして、果たして大丈夫なのだろうか・・・?
そんなに余裕があるならば、国内の中小企業や不動産業界に、貸し出し枠を広げてやれば良いのではないかなどと思ってしまう。
ここの所、”不確実性の時代” などと言われているが・・・、品格より清貧、 ”石橋を叩いて渡れ”、 ”急いては事を仕損じる”。 ・・・新聞を見るにつけ、そんな言葉がまた私の頭の中をかすめ始めた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
さて、急いては事を仕損じたコブラである。(大笑)
写真の車を作るには、また問題が多い様だ。
(スティングレーの二の舞の匂いがする・・・。)
とりあえず時間を見つけて、手を進めてみた。

先日の写真のコブラはフロントは289のマウスをしているが、中身は427の様だ。
とりあえず、ボディーにエグゾースト用とフュエル用だろうか・・、穴を開けてみたが、いい年をして計画性の無さに涙が出る・・・。
ドライバーのヘルメットの塗り分けは、老眼ではない昔でも無理である。
ロールバーは真鍮パイプを半田付けして作ってみた。
マフラーは、モノグラムのコブラからとりあえず持ってきた。

上の写真は、昔作ったコブラを引っ張り出して来たものでレベルの箱絵をまねて作ってある。
やはり欠品のあるジャンクから作ったもので、ライトはサニーのコブラから拝借し、ロールバーも自作である。
折れてはいたが、ウインド・スクリーンが残っていたのがうれしい。
古いデカルを当時使用したせいか、経年変化か・・、デカルがひび割れているのが時の流れを感じさせる。
麻生新総裁が誕生したかと思ったら、小泉元首相が引退するという・・・。
構造改革半ばで、また逆行しそうだ・・・。
世界的金融不安が騒がれて久しい中、今度は日本の野村HDと三菱UFJが、リーマンの一部人員引き受けとモルガンにテコ入れするらしい・・。
グローバルな見識は必要だが、不良債権処理で数年前まで合併でその存続を保って来た日本の銀行が、そんな大盤振る舞いをして、果たして大丈夫なのだろうか・・・?
そんなに余裕があるならば、国内の中小企業や不動産業界に、貸し出し枠を広げてやれば良いのではないかなどと思ってしまう。
ここの所、”不確実性の時代” などと言われているが・・・、品格より清貧、 ”石橋を叩いて渡れ”、 ”急いては事を仕損じる”。 ・・・新聞を見るにつけ、そんな言葉がまた私の頭の中をかすめ始めた。
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さて、急いては事を仕損じたコブラである。(大笑)
写真の車を作るには、また問題が多い様だ。
(スティングレーの二の舞の匂いがする・・・。)
とりあえず時間を見つけて、手を進めてみた。
先日の写真のコブラはフロントは289のマウスをしているが、中身は427の様だ。
とりあえず、ボディーにエグゾースト用とフュエル用だろうか・・、穴を開けてみたが、いい年をして計画性の無さに涙が出る・・・。
ドライバーのヘルメットの塗り分けは、老眼ではない昔でも無理である。
ロールバーは真鍮パイプを半田付けして作ってみた。
マフラーは、モノグラムのコブラからとりあえず持ってきた。
上の写真は、昔作ったコブラを引っ張り出して来たものでレベルの箱絵をまねて作ってある。
やはり欠品のあるジャンクから作ったもので、ライトはサニーのコブラから拝借し、ロールバーも自作である。
折れてはいたが、ウインド・スクリーンが残っていたのがうれしい。
古いデカルを当時使用したせいか、経年変化か・・、デカルがひび割れているのが時の流れを感じさせる。
2008年09月22日
EJ's Hobbies
Mrクラフト閉店のニュースは、友人2人からメール連絡が来たりと、車好きの中年、初老おやじ達にも少なからぬショックがある様だ・・。
・・・これは私も同じである!!
ITの普及により生産者対個人、個人対個人の取引が簡単に成立する現在、既存の商業システムに大きな影響が出るのは当たり前の様に思います。
そんなこんなで、心配になった訳ではありませんが(笑)、昔からお世話になっている幾つかの Slot Car Shop のHPを覗いてみました。
その内の1件がこの EJ's Hobbies です。
EJ's Hobbies のオーナーはEdward J Sourbeck 氏で、私もかれこれFAXの時代から20年ほどお世話になっています。
インチのビス、ナット類の小物から、彼が古いパーツで組んだ、パーツ・キットまで、それはそれはお世話になりました。
一昨晩、彼のHPを覗いたら、なんでも ”結婚50周年の記念で、ヨーロッパに3週間ほど旅行する” と書いて有りました。
・・・してみると、彼も70才を超えるご高齢になっているのでしょう!?
・・・知らないうちに、どんどん時だけが流れていってしまいます。

左の写真はEJ'sで販売しているパーツ・キットの幾つか・・・。
(32を含めて幾つも発売されていたが、私は24が好きなので、これしかもっていない。)
右の写真はミジェット・レーサーのキットの中身。
このミジェット・レーサーを私はまだ組んだことが無いのだが、モノグラムの型から起こしたらしく、この内容で$79.99はお値打ち品ではないだろうか・・・?!
デカルも見たところすばらしい出来だし、ワンピースのブラスのシャーシーも途中で切れば、自作のフォーミュラーにも使えそうだ。(笑)
・・・これは私も同じである!!
ITの普及により生産者対個人、個人対個人の取引が簡単に成立する現在、既存の商業システムに大きな影響が出るのは当たり前の様に思います。
そんなこんなで、心配になった訳ではありませんが(笑)、昔からお世話になっている幾つかの Slot Car Shop のHPを覗いてみました。
その内の1件がこの EJ's Hobbies です。
EJ's Hobbies のオーナーはEdward J Sourbeck 氏で、私もかれこれFAXの時代から20年ほどお世話になっています。
インチのビス、ナット類の小物から、彼が古いパーツで組んだ、パーツ・キットまで、それはそれはお世話になりました。
一昨晩、彼のHPを覗いたら、なんでも ”結婚50周年の記念で、ヨーロッパに3週間ほど旅行する” と書いて有りました。
・・・してみると、彼も70才を超えるご高齢になっているのでしょう!?
・・・知らないうちに、どんどん時だけが流れていってしまいます。
左の写真はEJ'sで販売しているパーツ・キットの幾つか・・・。
(32を含めて幾つも発売されていたが、私は24が好きなので、これしかもっていない。)
右の写真はミジェット・レーサーのキットの中身。
このミジェット・レーサーを私はまだ組んだことが無いのだが、モノグラムの型から起こしたらしく、この内容で$79.99はお値打ち品ではないだろうか・・・?!
デカルも見たところすばらしい出来だし、ワンピースのブラスのシャーシーも途中で切れば、自作のフォーミュラーにも使えそうだ。(笑)
2008年09月18日
① レベルのコブラ・フォード (1/24)
最近、私の周りでは殆んど景気の良い話は聞かれなくなってきました・・。(爆)
世界恐慌を匂わせるリーマンの破綻や、AIGへの公的資金注入、又、身近ではMrクラフトの閉店等・・・。
庶民レベルでは、考えても如何しようも無いことなのですが・・、せめて自分の気持ちを落ち着かせる意味で言えば・・・、30年前に、生活パターンも気持ちもシフトすれば良いのだ!! ・・・などと考えています。
コロッケを食パンに挟み、刻んだキャベツとソースでぱくついていた、あの時代に戻れば良いのである・・。
札幌味噌ラーメンに、もやしを炒めてのせれば、それでOKである。
歳を取ると色々な情報には目ざとくなるが、私の場合、食にはあまりこだわりが無い・・・、休日のB級グルメで、十分なのである。
それより、自分自身のマインドをコントロールする意味で、楽しいことを探している。(笑)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ここの所、スロット・カーから脱線した話ばかり書いていました・・。
今回は何回かに分けて、レベルのコブラの事でも書こうと思います。
あの12歳の少年時代には戻れませんが、私が初めて父親を拝み倒して買ってもらったのが、このレベルのコブラ・フォードでした。

写真左側が初期のFT36を積んだキットで、右は後期のFT16Dを積んだ、ファイヤー・ボール版のキットです。
右の写真は変更になったモーターのマウント部分の説明書です。
どちらのキットもボディーには差異は有りません。

(Source: The Cobra-Ferrari Wars 1963-1965)
左の写真は、先日引っ張り出した修復途中のコブラですが、どうやら中央の写真のコブラを作ろうとしていたようです。
他には探したのですが・・、#7のコブラの写真は見つけられませんでした。
右の写真は、後期に発売されていたクリア・ボディーのシリーズのジャンクです。
このシリーズでもコブラのプロトタイプのクリア・ボディーが出ていたので、割れたボディーを乗せ変える意味で、これも含めてのんびりレストアして行こうと思っています。
世界恐慌を匂わせるリーマンの破綻や、AIGへの公的資金注入、又、身近ではMrクラフトの閉店等・・・。
庶民レベルでは、考えても如何しようも無いことなのですが・・、せめて自分の気持ちを落ち着かせる意味で言えば・・・、30年前に、生活パターンも気持ちもシフトすれば良いのだ!! ・・・などと考えています。
コロッケを食パンに挟み、刻んだキャベツとソースでぱくついていた、あの時代に戻れば良いのである・・。
札幌味噌ラーメンに、もやしを炒めてのせれば、それでOKである。
歳を取ると色々な情報には目ざとくなるが、私の場合、食にはあまりこだわりが無い・・・、休日のB級グルメで、十分なのである。
それより、自分自身のマインドをコントロールする意味で、楽しいことを探している。(笑)
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ここの所、スロット・カーから脱線した話ばかり書いていました・・。
今回は何回かに分けて、レベルのコブラの事でも書こうと思います。
あの12歳の少年時代には戻れませんが、私が初めて父親を拝み倒して買ってもらったのが、このレベルのコブラ・フォードでした。
写真左側が初期のFT36を積んだキットで、右は後期のFT16Dを積んだ、ファイヤー・ボール版のキットです。
右の写真は変更になったモーターのマウント部分の説明書です。
どちらのキットもボディーには差異は有りません。
(Source: The Cobra-Ferrari Wars 1963-1965)
左の写真は、先日引っ張り出した修復途中のコブラですが、どうやら中央の写真のコブラを作ろうとしていたようです。
他には探したのですが・・、#7のコブラの写真は見つけられませんでした。
右の写真は、後期に発売されていたクリア・ボディーのシリーズのジャンクです。
このシリーズでもコブラのプロトタイプのクリア・ボディーが出ていたので、割れたボディーを乗せ変える意味で、これも含めてのんびりレストアして行こうと思っています。
2008年09月14日
剥離剤 ②
このO氏の剥離剤には、「すうぱぁ ズルムケ君」 と言う名前が付けられています。
O氏の人柄を感じさせる、インパクトのあるネーミングです・・・。(大笑)
この剥離剤は、塗装の種類にもよりますが、プラスティック類上の塗膜の剥離には応用範囲は広いと思います。
塗りそこなったプラモデルはもとより、人形、電車等にも利用出来ると思います。
私の場合この剥離剤を分けてもらうまでは、マジックリンの原液や薄めたシンナー等で剥離作業を行っておりました。
厚く古い塗膜の剥離時などは、マジックリンに漬け置き後、金ブラシで擦り、再度、マジックリンの中に漬けると言う、労力と時間を掛けていた訳です。
また、マジックリンはクリア・パーツを白濁させると言う欠点がありますし、ゴム手袋を使用しないと皮膚を傷めてしまいます。

既にO氏は、この 「・・・ズルムケ君」 を友人仲間やネット仲間に実費販売しておりますので、お使いになった方も居られるかと思います。
実は当時、この剥離剤をMrクラフトで販売してもらおうと、N氏に相談したことが有りました。
N氏にもテストして頂き、気に入っていただき、OKが出ていたのですが、いつの間にやらこの話は立ち消えになってしまいました・・・。
石油製品の販売にはその関係の法律やら、PL法等、面倒臭い問題が存在します。
そんな関係で話が立ち消えになってしまった様に記憶しています・・・。
また、クラブ仲間にも 「そんなもの使うより、新しい物を買った方が安いんじゃないの~・・?!」 などと云う意見も有り、仲間内でもいまいちの盛り上がりでした。
・・・確かに、ごもっともな意見だと思います。
剥離に費やす時間と労力を時給計算すれば、明白です。(笑)
しかし、長年古いスロット・カーの剥離で悪戦苦闘していた私には、現在も革新的な剥離剤となっています。(大笑)
PS: もし御興味がおありの方がいらっしゃいましたら、slot2002@goo.jp に連絡してみて下さい。
現在、写真のアドレスは変更になっております。
上記がO氏の連絡先になっております。
O氏の人柄を感じさせる、インパクトのあるネーミングです・・・。(大笑)
この剥離剤は、塗装の種類にもよりますが、プラスティック類上の塗膜の剥離には応用範囲は広いと思います。
塗りそこなったプラモデルはもとより、人形、電車等にも利用出来ると思います。
私の場合この剥離剤を分けてもらうまでは、マジックリンの原液や薄めたシンナー等で剥離作業を行っておりました。
厚く古い塗膜の剥離時などは、マジックリンに漬け置き後、金ブラシで擦り、再度、マジックリンの中に漬けると言う、労力と時間を掛けていた訳です。
また、マジックリンはクリア・パーツを白濁させると言う欠点がありますし、ゴム手袋を使用しないと皮膚を傷めてしまいます。
既にO氏は、この 「・・・ズルムケ君」 を友人仲間やネット仲間に実費販売しておりますので、お使いになった方も居られるかと思います。
実は当時、この剥離剤をMrクラフトで販売してもらおうと、N氏に相談したことが有りました。
N氏にもテストして頂き、気に入っていただき、OKが出ていたのですが、いつの間にやらこの話は立ち消えになってしまいました・・・。
石油製品の販売にはその関係の法律やら、PL法等、面倒臭い問題が存在します。
そんな関係で話が立ち消えになってしまった様に記憶しています・・・。
また、クラブ仲間にも 「そんなもの使うより、新しい物を買った方が安いんじゃないの~・・?!」 などと云う意見も有り、仲間内でもいまいちの盛り上がりでした。
・・・確かに、ごもっともな意見だと思います。
剥離に費やす時間と労力を時給計算すれば、明白です。(笑)
しかし、長年古いスロット・カーの剥離で悪戦苦闘していた私には、現在も革新的な剥離剤となっています。(大笑)
PS: もし御興味がおありの方がいらっしゃいましたら、slot2002@goo.jp に連絡してみて下さい。
現在、写真のアドレスは変更になっております。
上記がO氏の連絡先になっております。
2008年09月13日
剥離剤 ①
今日は久しぶりに蒸しましたが、朝晩は過ごし易い陽気になってまいりました。
クラブ・レースも無事に終わり、また古いスロット・カーの修復(レストア)に時間が取れるようになりました。
古いスロット・カーと云っても、キットをただ開けただけの物から、塗装済み欠品多数の物まで、色々な状態の車が存在します。
そんな古いスロット・カーを修復する時、一番問題になるのが塗装の剥離だと思います。
今回は、そのボディーの剥離について、ちょっと書いてみようかと思います。
今回使用した剥離剤は、友人のO氏が数年前に開発したもので、この剥離剤を分けてもらってからは、修復が大分楽になりました。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

上の写真は、数日前に今回のブログの為に剥離剤に1日漬けておいた日模のムスタングのボディーです。
左の写真は、ご覧のように刷け塗り塗装でしっかり塗料が付着しています。
多分、塗装後数十年が経過していると思われます。
剥離剤に漬ける前に剥がせるパーツは出来るだけ剥がしておきましたが、この段階で無理をすると細かいパーツを破損させてしまいます。
今回は内装とウインドウのクリア・パーツだけを何とか外し、ライト、バンパー、グリル等は付けたまま剥離剤に沈めました。
クリア・パーツにも塗料が飛んでいたので、今回は外したウインドウも一緒に剥離剤に沈めてみました。
中央の写真は、溶けた塗料を使用済みの歯ブラシで擦り落とし、洗剤で洗浄後、ふき取った直後のものです。
当時のセメダイン系の接着剤も多少柔らかくなり、平歯の彫刻刀をテコの様に使い、グリルやバンパーを外しました。
カチカチに固まっていた厚塗りの接着剤が柔らかくなっていたのには驚きです。
右の写真は接着剤が柔らかくなっているのを見ていただく為に撮りました。
ウインドウを剥がす時は随分硬くて神経を使いましたが、これなら最初に剥がさずに、付けたまま一緒に沈めてしまえば良かったと思います。
ご覧のように、柔らかくなった接着剤が簡単に剥がれているのが判ると思います。

上の写真はボディー細部の筋彫りと、表面の状態をアップで撮った物です。
白くなっている部分は、塗装時にシンナーが侵食したものですが、部分的には布で擦ると結構取れます。
しかし、接着時にセメダインが長時間作用していた部分には侵食が見られます。
それにしても、これだけ好結果を示す剥離剤は中々の代物だと思いますが・・・・・。(笑)
クラブ・レースも無事に終わり、また古いスロット・カーの修復(レストア)に時間が取れるようになりました。
古いスロット・カーと云っても、キットをただ開けただけの物から、塗装済み欠品多数の物まで、色々な状態の車が存在します。
そんな古いスロット・カーを修復する時、一番問題になるのが塗装の剥離だと思います。
今回は、そのボディーの剥離について、ちょっと書いてみようかと思います。
今回使用した剥離剤は、友人のO氏が数年前に開発したもので、この剥離剤を分けてもらってからは、修復が大分楽になりました。
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上の写真は、数日前に今回のブログの為に剥離剤に1日漬けておいた日模のムスタングのボディーです。
左の写真は、ご覧のように刷け塗り塗装でしっかり塗料が付着しています。
多分、塗装後数十年が経過していると思われます。
剥離剤に漬ける前に剥がせるパーツは出来るだけ剥がしておきましたが、この段階で無理をすると細かいパーツを破損させてしまいます。
今回は内装とウインドウのクリア・パーツだけを何とか外し、ライト、バンパー、グリル等は付けたまま剥離剤に沈めました。
クリア・パーツにも塗料が飛んでいたので、今回は外したウインドウも一緒に剥離剤に沈めてみました。
中央の写真は、溶けた塗料を使用済みの歯ブラシで擦り落とし、洗剤で洗浄後、ふき取った直後のものです。
当時のセメダイン系の接着剤も多少柔らかくなり、平歯の彫刻刀をテコの様に使い、グリルやバンパーを外しました。
カチカチに固まっていた厚塗りの接着剤が柔らかくなっていたのには驚きです。
右の写真は接着剤が柔らかくなっているのを見ていただく為に撮りました。
ウインドウを剥がす時は随分硬くて神経を使いましたが、これなら最初に剥がさずに、付けたまま一緒に沈めてしまえば良かったと思います。
ご覧のように、柔らかくなった接着剤が簡単に剥がれているのが判ると思います。
上の写真はボディー細部の筋彫りと、表面の状態をアップで撮った物です。
白くなっている部分は、塗装時にシンナーが侵食したものですが、部分的には布で擦ると結構取れます。
しかし、接着時にセメダインが長時間作用していた部分には侵食が見られます。
それにしても、これだけ好結果を示す剥離剤は中々の代物だと思いますが・・・・・。(笑)
2008年08月05日
② スロット・カーのオークション
このMr.クラフトのスロット・カー・オークションには、当日136点(カタログ上)の商品が出品されました。
殆んどが箱入りのキット(MIB)でしたが、中にはサーキット・セットや、メーカーRTR、ボディー・キットなども有りました。
カタログのエスティメイトは国産キットの方が安めで、外国製のキットは高めの様でした。
一例を挙げると、1/24のタイメイのアルファ・ロメオ・カングーロが15000円で、 1/32のレベルのジャガーEタイプが100000円と云う具合です。
これらの価格はあくまでも参考と言うことで、いつの時代でも市場原理が物の価格を決定します。
当日、私は仕事の関係でオークションに30分程遅刻してしまい、入札を予定していた国産キットの多くを取り逃がしてしまいました。
7階のオークション・ルームに入ると、既にオークションは進行しており、入札登録を済ませ席に着きました。
私の主観ですが、部屋には30~40名程の入札者がいた様な気がします
オークショニアはMr.クラフトのM社長で、蝶ネクタイをして中々雰囲気も有りましたし、ジョークを交えながらの進行も上手かったと思います。
私は数日前の夜に下見を済ませ、カタログに購入価格を書き込んで当日望みましたが、遅刻により、予算に多少の余裕ができたので、欲を出して予定外の商品にも入札してしまいました。
(これがまずかった・・。)
小林章太郎氏が昔、古い車の文章の中で「・・・とりあえず、買っておきましょう。」と云う事を書かれた下りがありますが、ついついそれが今回出てしまいました~。
・・・オークションも無事終わり、会計のレシートを見て、泡食った!!
・・・お、お金が足りないのである!!
いい年をして、オークションで買ったものを返す訳にもいかぬ・・。(冷汗)
オークションで落札した商品には、15%のオークション手数料が加算されるのである。
(これは規約にも書いてあった。)
私は熱中すると、時々、知足安分を忘れることがあります。
たまたま、Mr.クラフトには知人のN氏が居たので事情を説明し、近所の親戚にお金を寸借に行き、なんとかその日の夕方には無事に商品を手にすることが出来ました。
N氏のおかげで、恥をかかずに済みましたが、N氏には大笑いをされてしまいました~。(笑)
2008年08月02日
① スロット・カーのオークション
全英女子オープン2日目、不動、宮里、上田選手が上位で頑張っております。
・・・今回は期待できそうです。
福田内閣の新閣僚人事が決まりました。
国民の目線に立った、「安心実現内閣」がキャッチ・フレーズのようですが、私には旧態然とした派閥、増税内閣に逆戻りした様にしか思えません。
官僚の国家寄生、税金泥棒、社保庁の年金詐欺・・・、どこが「安心実現内閣」なのか・・・?、日本の政治家のモラルどころか、精神状態を疑いたくなります。
(純ちゃん、なんとかしちくれ~・・・。 笑)

東京在住、いや関東近辺の車好きの方なら、恵比寿にあるMr.クラフトと云う車のホビー・ショップの事はご存知だと思いますし、又行かれてた方も多いと思います。
私は、このMr.クラフトがまだ木造2階建てで、2階にスロット・カー・サーキットがあり、又世田谷通りの馬事公苑手前にお店を持っていた頃から贔屓にしておりました。(笑)
今から10年程前の事、このMr.クラフトで”古いスロット・カー”のオークションがありました。
今ならインターネット・オークションは、我々中年にも日常茶飯になっていますが、10年前と云えば、そろそろ気の利いた中年がやっとパソコンを使い始めた頃だったと思います。
さて、このMr.クラフトのオークションですが、オークションとしてはちゃんとした形態を維持し、立派なオークションだったと思います。
上の写真は、昨晩引っ張り出したその時のカタログで、内覧会(下見会)の日時も記されています。 隣はそのカタログの内容の一部です。
カタログは500円位だったと思いますが、商品の写真とエントリー番号、それにMr クラフト側が付けたエスティメイト(落札予想価格)が書き込まれていました。
(「お~、俺も行ってたぜ~・・。」 なんて云う声が聞こえそうですが・・。笑)
事前に内覧会で、お目当ての商品のコンディションを確認し、当日参加してパドル(入札者の番号札)を上げるもよし・・、当日参加出来ない方には事前入札の形も取られていました。
私は、この様なオークションに参加するのは初めてでしたが、大変楽しい経験(思い出)だったと思っています。(笑)
・・・今回は期待できそうです。
福田内閣の新閣僚人事が決まりました。
国民の目線に立った、「安心実現内閣」がキャッチ・フレーズのようですが、私には旧態然とした派閥、増税内閣に逆戻りした様にしか思えません。
官僚の国家寄生、税金泥棒、社保庁の年金詐欺・・・、どこが「安心実現内閣」なのか・・・?、日本の政治家のモラルどころか、精神状態を疑いたくなります。
(純ちゃん、なんとかしちくれ~・・・。 笑)
東京在住、いや関東近辺の車好きの方なら、恵比寿にあるMr.クラフトと云う車のホビー・ショップの事はご存知だと思いますし、又行かれてた方も多いと思います。
私は、このMr.クラフトがまだ木造2階建てで、2階にスロット・カー・サーキットがあり、又世田谷通りの馬事公苑手前にお店を持っていた頃から贔屓にしておりました。(笑)
今から10年程前の事、このMr.クラフトで”古いスロット・カー”のオークションがありました。
今ならインターネット・オークションは、我々中年にも日常茶飯になっていますが、10年前と云えば、そろそろ気の利いた中年がやっとパソコンを使い始めた頃だったと思います。
さて、このMr.クラフトのオークションですが、オークションとしてはちゃんとした形態を維持し、立派なオークションだったと思います。
上の写真は、昨晩引っ張り出したその時のカタログで、内覧会(下見会)の日時も記されています。 隣はそのカタログの内容の一部です。
カタログは500円位だったと思いますが、商品の写真とエントリー番号、それにMr クラフト側が付けたエスティメイト(落札予想価格)が書き込まれていました。
(「お~、俺も行ってたぜ~・・。」 なんて云う声が聞こえそうですが・・。笑)
事前に内覧会で、お目当ての商品のコンディションを確認し、当日参加してパドル(入札者の番号札)を上げるもよし・・、当日参加出来ない方には事前入札の形も取られていました。
私は、この様なオークションに参加するのは初めてでしたが、大変楽しい経験(思い出)だったと思っています。(笑)
2008年07月29日
④ レベルのポルシェ RS60 (1/24)
いよいよ子供達も夏休みに入り、我が家(仕事場)に隣接する公園でも、午前中から子供達の声が聞こえるようになって来ました。
しかし、今年は蝉の鳴き声をまだ聞いていません。
巷は物騒な話題ばかりだし、日本経済はとんでもない構造不況を予感させています。
私の周りで、明るい話題と言えば、2週間後に始まるオリンピックぐらいのものでしょうか・・・。 さびしい話です。(笑)

先ほどまでスクリーンの接着と、どうしようか迷っていた墨入れを一部やっていました。
筋彫りさえしっかり残っていれば、私自身は墨入れはあまりやらない方です。
とりあえず形にはなりましたが・・・、なんだかな~・・・?!
そういえば、前回のブログでは書き忘れましたが、このRTRのシャーシーにはサイド・ワインダー・タイプの物もあります。
前回UPしたブリスター・パックのRTRのロータス23は、サイド・ワインダーのシャーシーだと、てっきり思っていたのですが、あにはからずや、インライン・シャーシーの物でした。(参ったな~・・・。)
大分前に買い求めた物なのですが、今まで気が付きませんでした・・・。
パックは単にホチキスで止めてあるだけの物なので、中身を交換することも簡単に出来ます・・・。(パックにはサイド・ワインダー・シャーシーと記されているのですが・・・。)
・・・がっかりである。

シルバーと云う色は隠蔽力は有りますが、表面処理をしっかりやらないと、下地の粗が目立つ色でもあります。
今回は時間の関係も有るので、ベース・ホワイトを吹いて、そのままシルバーを吹いたので、大分汚い部分が多くなってしまいました。
ウインドウのエッジや、スモールライトの周囲にも、もう少ししっかりペーパーを当てておけば良かったと思います。
ドライバー・ヘッドも接着されたまま、そのままで塗ったので、シートとその背後のラインも汚くなってしまいました。
早く仕上げようと、それでも90%位の力で頑張りましたから、結果は70ぐらいの所でしょうか・・・。(笑)
しかし、今年は蝉の鳴き声をまだ聞いていません。
巷は物騒な話題ばかりだし、日本経済はとんでもない構造不況を予感させています。
私の周りで、明るい話題と言えば、2週間後に始まるオリンピックぐらいのものでしょうか・・・。 さびしい話です。(笑)
先ほどまでスクリーンの接着と、どうしようか迷っていた墨入れを一部やっていました。
筋彫りさえしっかり残っていれば、私自身は墨入れはあまりやらない方です。
とりあえず形にはなりましたが・・・、なんだかな~・・・?!
そういえば、前回のブログでは書き忘れましたが、このRTRのシャーシーにはサイド・ワインダー・タイプの物もあります。
前回UPしたブリスター・パックのRTRのロータス23は、サイド・ワインダーのシャーシーだと、てっきり思っていたのですが、あにはからずや、インライン・シャーシーの物でした。(参ったな~・・・。)
大分前に買い求めた物なのですが、今まで気が付きませんでした・・・。
パックは単にホチキスで止めてあるだけの物なので、中身を交換することも簡単に出来ます・・・。(パックにはサイド・ワインダー・シャーシーと記されているのですが・・・。)
・・・がっかりである。
シルバーと云う色は隠蔽力は有りますが、表面処理をしっかりやらないと、下地の粗が目立つ色でもあります。
今回は時間の関係も有るので、ベース・ホワイトを吹いて、そのままシルバーを吹いたので、大分汚い部分が多くなってしまいました。
ウインドウのエッジや、スモールライトの周囲にも、もう少ししっかりペーパーを当てておけば良かったと思います。
ドライバー・ヘッドも接着されたまま、そのままで塗ったので、シートとその背後のラインも汚くなってしまいました。
早く仕上げようと、それでも90%位の力で頑張りましたから、結果は70ぐらいの所でしょうか・・・。(笑)
2008年07月25日
③ レベルのポルシェ RS60 (1/24)
若い時には、100の成果を挙げるのに、100%の力を出せば良かったのですが、歳を取ると、100の成果を挙げるのに120%以上の力を出さなければなりません。
あたり前の事ですが、今まで通り100%の力を出していたのでは、悲しいかな、80の成果しか得られません。
私の場合も仕事、趣味、その両方でそれが云えます。
・・・それでも、とりあえず、頑張って、我が道を行く事としましょう。(笑)

ここでちょっと、今回のRS60のRTRのシャーシーについて触れておこうと思います。
実のところ、私はこのRTRのプラスティック製シャーシーの事を殆ど知りません。
1966年にサーキット・セットとして発売され、1967年に、上の写真の様なブリスター・パック入りで単品販売されていたようです。
この1/24のRTRのブリスター・パックの車には、このロータス23の他にフェラーリ555スクワッロと、今回のRS60が有ると云われているのですが、RS60のブリスター版を私は見たことが有りません。
今回のRS60に付いていたこのプラスティック製シャーシーを、分解掃除した時の写真が右のもので、クラウン・ギアはCOXの物に変えられています。
ブリスター・パック版のパッケージには、色々謳い文句が書かれていますが、私の目から見ると、キットのアルミ・シャーシーより精度が幾分高いかな~?と思えるくらいです。
フロント・ホイルは打ち込み式で、抜くことも、変えることも出来ません。
(後はシャフトを切るだけです・・・・笑)
リアのホイルは、右側だけ芋ネジ留めになっているので、ギアの交換でシャフトを抜くことが出来ますが、反対側はやはり打ち込み式のホイルなので、ホイルを変える時は全部をアッセンで交換するしかありません。
フロント・リア共、軸受けにメタルは使用されておらず、デルリンのシャーシーに直接シャフトを通す形になっています。
モーターはクロムメッキ缶になっていますが、ローターの巻き線の色を見ると、通常のFT16と変わらない様な気がします。
上手くスイング・アームを固定出来れば、ウエイトを低い位置に積むスペースが有るので、アルミ・シャーシーよりは戦闘力が有るかも知れません。(笑)

上の写真はボディーの進捗状況を撮ったもので、アイボリーを吹いた後にマスキングし、シルバーを吹いています。
シルバーは擦れると黒い跡が残るので、軽くクリアーを吹いて抑えてあります。
私にはPCでデカルを作る技術が無いので、昔買っておいたインレタから、似たようなゼッケンを探しプリントしました。
これからまたクリアを吹いて、外装品を接着します。
あたり前の事ですが、今まで通り100%の力を出していたのでは、悲しいかな、80の成果しか得られません。
私の場合も仕事、趣味、その両方でそれが云えます。
・・・それでも、とりあえず、頑張って、我が道を行く事としましょう。(笑)
ここでちょっと、今回のRS60のRTRのシャーシーについて触れておこうと思います。
実のところ、私はこのRTRのプラスティック製シャーシーの事を殆ど知りません。
1966年にサーキット・セットとして発売され、1967年に、上の写真の様なブリスター・パック入りで単品販売されていたようです。
この1/24のRTRのブリスター・パックの車には、このロータス23の他にフェラーリ555スクワッロと、今回のRS60が有ると云われているのですが、RS60のブリスター版を私は見たことが有りません。
今回のRS60に付いていたこのプラスティック製シャーシーを、分解掃除した時の写真が右のもので、クラウン・ギアはCOXの物に変えられています。
ブリスター・パック版のパッケージには、色々謳い文句が書かれていますが、私の目から見ると、キットのアルミ・シャーシーより精度が幾分高いかな~?と思えるくらいです。
フロント・ホイルは打ち込み式で、抜くことも、変えることも出来ません。
(後はシャフトを切るだけです・・・・笑)
リアのホイルは、右側だけ芋ネジ留めになっているので、ギアの交換でシャフトを抜くことが出来ますが、反対側はやはり打ち込み式のホイルなので、ホイルを変える時は全部をアッセンで交換するしかありません。
フロント・リア共、軸受けにメタルは使用されておらず、デルリンのシャーシーに直接シャフトを通す形になっています。
モーターはクロムメッキ缶になっていますが、ローターの巻き線の色を見ると、通常のFT16と変わらない様な気がします。
上手くスイング・アームを固定出来れば、ウエイトを低い位置に積むスペースが有るので、アルミ・シャーシーよりは戦闘力が有るかも知れません。(笑)
上の写真はボディーの進捗状況を撮ったもので、アイボリーを吹いた後にマスキングし、シルバーを吹いています。
シルバーは擦れると黒い跡が残るので、軽くクリアーを吹いて抑えてあります。
私にはPCでデカルを作る技術が無いので、昔買っておいたインレタから、似たようなゼッケンを探しプリントしました。
これからまたクリアを吹いて、外装品を接着します。
2008年07月21日
② レベルのポルシェ RS60 (1/24)
人生とは、中々思うようには行かないものである。
子供達が育ち、やれやれと思った頃には、今度は両親である。
私には80代の父母がおり、お蔭様でどうにか健在で過ごしている。
どうにかと云うのは、高齢なので、週に2~3回は病院通いをしているからだ。
先日も救急車騒ぎになったが、今はまた持ち直して二人で生活している。
・・・だんだん、老老介護になりかけております。(笑)
巷は3連休でしたが、私は両親を外食に連れ出したぐらいで、仕事とTHE OPENのTV観戦で明け暮れておりました。
それでも、多少なりともRS60のボディーに手を入れて製作を進めました。
モデルにする車が中々見つからず、結局、ルマンの全出場車が出ていると云う、「24 HEURES DU MANS」の中からリアにフィンのある車を見つけ、それをモデルにしました。
フロント・スクリーンを直接接着しても良かったのですが、サイドのスクリーンが上手く止められないので、スクリーン周りに、ぐるりとエッジを回しました。
又、フロントにはスクエアなタイプのスモール・ライトが付くので、COXのフォードGTのスモール・ライトのレジン・レプリカをそれらしく付けてみました。
写真ではバックレストがドライバー席の後ろだけですが、レベルのボディーは助手席側まで伸びています。
削ろうかな~・・・?、とも考えましたが、ボディー裏面のリアのシャーシー・ポストが迫っていたので、このままで目をつぶることとしました。
あまりやり過ぎてしまうと、かえってレベルのオリジナル・ボディーが持つ当時らしい雰囲気を壊してしまいます。
素材が欠品の多いジャンク・ボディーでしたが、今回のレストアも幾分やり過ぎのきらいがあります。
既にベースホワイトは吹き終わり、後は簡単な表面処理で、本塗装に入ろうと思います。
2008年07月17日
① レベルのポルシェ RS60 (1/24)
アナリストによれば、日本の景気も昨年の11月頃をピークにして下降傾向になって来ているという。
確かに最近道路が空いている気がする。
ガソリン価格、穀物価格の高騰等、心配すれば種は尽きないが、ここはのんびりエコも兼ねて、無駄な出費は押さえて生活するしかあるまい。
幸い私は食道楽でもなく、まして左利きでもない。
悲しいかな、400円前後のコンビ二弁当でも満足出来る人間である。
欠点と言えば、未だにタバコが止められない事と、気が多い事だ。
この際、のんびり、買いだめた古いおもちゃでも作りながら、時を過ごそう・・・。

今回は、ロータス23と一緒にサーキット・セットの中に入っていた相方のRTRのポルシェのRS60で、製作開始はロータス・ポルシェを作っていた頃だったかな~?と思います。
このボディーをしげしげ見ていると、やはりリアの2枚のフィンの位置が気になります。
多分、RS60の1~2年前の同型車の718RSKでも作ろうと思っていたらしく、フィンを付けたのでしょう・・・。
既にパテもガチガチに固まっており、外側にフィンの位置をずらすなどと言うことは、おくびにも考えていません。(笑)
この陽気ですし、他に始めている事もありますので、とりあえずこのままなんとかしようと思います。
そんな訳で、今回は簡単な製作記になってしまいました。
写真は、2日程かけて探したジャンクのスクリーンとフロントに追加した筋彫りです。

(付録)
友人から、「写真の後ろの黒い車はなんだ~?」と云うメールを貰ったので、UPしておきます。
これは先日、ヤフオクで買ったストロンベッカーのMGAのジャンク・ボディーで、中々珍しい車だと思います。
いつもの事ながら、ジャンクですと気がね無く作れるのがうれしいです。
この車はモーターライズとして60年初期に発売されていたもので、2種類のパッケージで発売されていましたが、写真の箱は後期のコンパクトなパッケージのものです。
サイズは1/24と記載されていますが、1/22位の大きさがあります。
確かに最近道路が空いている気がする。
ガソリン価格、穀物価格の高騰等、心配すれば種は尽きないが、ここはのんびりエコも兼ねて、無駄な出費は押さえて生活するしかあるまい。
幸い私は食道楽でもなく、まして左利きでもない。
悲しいかな、400円前後のコンビ二弁当でも満足出来る人間である。
欠点と言えば、未だにタバコが止められない事と、気が多い事だ。
この際、のんびり、買いだめた古いおもちゃでも作りながら、時を過ごそう・・・。
今回は、ロータス23と一緒にサーキット・セットの中に入っていた相方のRTRのポルシェのRS60で、製作開始はロータス・ポルシェを作っていた頃だったかな~?と思います。
このボディーをしげしげ見ていると、やはりリアの2枚のフィンの位置が気になります。
多分、RS60の1~2年前の同型車の718RSKでも作ろうと思っていたらしく、フィンを付けたのでしょう・・・。
既にパテもガチガチに固まっており、外側にフィンの位置をずらすなどと言うことは、おくびにも考えていません。(笑)
この陽気ですし、他に始めている事もありますので、とりあえずこのままなんとかしようと思います。
そんな訳で、今回は簡単な製作記になってしまいました。
写真は、2日程かけて探したジャンクのスクリーンとフロントに追加した筋彫りです。
(付録)
友人から、「写真の後ろの黒い車はなんだ~?」と云うメールを貰ったので、UPしておきます。
これは先日、ヤフオクで買ったストロンベッカーのMGAのジャンク・ボディーで、中々珍しい車だと思います。
いつもの事ながら、ジャンクですと気がね無く作れるのがうれしいです。
この車はモーターライズとして60年初期に発売されていたもので、2種類のパッケージで発売されていましたが、写真の箱は後期のコンパクトなパッケージのものです。
サイズは1/24と記載されていますが、1/22位の大きさがあります。
2008年07月09日
② レベルの’65スティングレイ(1/24)
F-1イギリスGPとウインブルドン男子ファイナルのTV観戦は、久しぶりに楽しめました。
特にウインブルドンは、フェデラーの6連覇が掛かっていたので、2:2になるまでは見ていたのですが、既に深夜3時を回っていたので、やむなく寝ました。
翌朝PCで結果を確認したら、6連覇はならなかった様です。
それにしても、良い試合でした。

・・・そんな訳で、65年のスティングレイのレーシング・バージョンなんて、おいそれとは見つかる訳も無く、塗装の剥離も大変なので、このまま”もどき”の製作を続行しました。
・・・再度、この車を作ることが有るとすれば、コグレを使うのが正解です。
それにしてもレベルのスティングレイは、AMTやコグレと比べると、”ずんぐりむっくり”した様な贅肉の付いたスタイリングをしています。
この車のホイルはレベルのオリジナルで、ホイル・インサートは古いストロンベッカーのスタティック・キットからレジン取りしてはめ込んであります。
シャフトはスピンナーの分だけ長めの物に変えて有りますが、ホイルは内側から通常のナットで固定し、スピンナーは落ちない程度に軽く止めています。
ボディー自体はレベルのドノーマル状態で、フロントの口開けと、リア・バンパーの穴埋めだけです。
ボディー上のバッチ類、フィラー・キャップ等も、残念ながら削っていません。
マフラーは3mmのプラ棒をライターであぶり、曲げて使っています。
本来、グランド・スポーツにはフラッシャー・ランプ類の周りにリムは有りませんが、殆どを残してしまったので、仕方なくハトメを使いました。
実際のところ、これらの円形のライト周りは老眼で上手く塗れません。
合ったハトメを上手く利用することが昔から多いです・・・。
リアの4本のスリットはデカルです。

今回UPした車は、普通のFT36モーターを使った車ですが、FT16Dを使ったFIRE BALLシリーズが後期に発売されています。
汚い箱ですが・・、これが後期版で、通常の箱の上に印刷が重ねられ、FIRE BALL MOTORと書かれているのが特徴です。(写真)
後期には、シャーシーー・キットにもこのシリーズのフレームが有りました。
このシリーズは今回の65’スティングレイ、コブラ・フォード、フェラーリ250GTOの3車種に存在します。
その内、このシャーシーの車をUPしたいと思います。
特にウインブルドンは、フェデラーの6連覇が掛かっていたので、2:2になるまでは見ていたのですが、既に深夜3時を回っていたので、やむなく寝ました。
翌朝PCで結果を確認したら、6連覇はならなかった様です。
それにしても、良い試合でした。
・・・そんな訳で、65年のスティングレイのレーシング・バージョンなんて、おいそれとは見つかる訳も無く、塗装の剥離も大変なので、このまま”もどき”の製作を続行しました。
・・・再度、この車を作ることが有るとすれば、コグレを使うのが正解です。
それにしてもレベルのスティングレイは、AMTやコグレと比べると、”ずんぐりむっくり”した様な贅肉の付いたスタイリングをしています。
この車のホイルはレベルのオリジナルで、ホイル・インサートは古いストロンベッカーのスタティック・キットからレジン取りしてはめ込んであります。
シャフトはスピンナーの分だけ長めの物に変えて有りますが、ホイルは内側から通常のナットで固定し、スピンナーは落ちない程度に軽く止めています。
ボディー自体はレベルのドノーマル状態で、フロントの口開けと、リア・バンパーの穴埋めだけです。
ボディー上のバッチ類、フィラー・キャップ等も、残念ながら削っていません。
マフラーは3mmのプラ棒をライターであぶり、曲げて使っています。
本来、グランド・スポーツにはフラッシャー・ランプ類の周りにリムは有りませんが、殆どを残してしまったので、仕方なくハトメを使いました。
実際のところ、これらの円形のライト周りは老眼で上手く塗れません。
合ったハトメを上手く利用することが昔から多いです・・・。
リアの4本のスリットはデカルです。
今回UPした車は、普通のFT36モーターを使った車ですが、FT16Dを使ったFIRE BALLシリーズが後期に発売されています。
汚い箱ですが・・、これが後期版で、通常の箱の上に印刷が重ねられ、FIRE BALL MOTORと書かれているのが特徴です。(写真)
後期には、シャーシーー・キットにもこのシリーズのフレームが有りました。
このシリーズは今回の65’スティングレイ、コブラ・フォード、フェラーリ250GTOの3車種に存在します。
その内、このシャーシーの車をUPしたいと思います。
2008年07月06日
① レベルの’65スティングレイ(1/24)
ここの所、梅雨なのに良いお天気が続いております・・・。
しかし、日本経済、いや世界経済はどしゃ降りの模様です。
明日からG8・サミットが始まりますが、効果的な共同声明が出せるのでしょうか・・?
日経は、12日間連続下落。(半世紀ぶりの大記録だそうです。)
つい数年前までは、「3年先は判らない」と云われていましたが、昨今は、「半年先が判らない」状態になっている様な気がします。
原油高騰、少子高齢化、環境、年金問題、食の安全等、今までに無いほどの難問が、今の日本には山積しています。
本当に、日本はどうなってしまうのでしょう・・・。

さて、今回は1/24のコルベット・スティングレイです。
写真を見た瞬間に、「なんだ、これ~!!」と云われてしまいそうですが、・・そ~なんです、グランド・スポーツの”もどき”なのです。(笑)
どう云う訳か私の場合、スティングレイにはカラー・イメージが湧かないのです。
この車も入手当初は、フロント、リアのバンパーレス、ステップの飾りモールド無しの状態でした。
(片側にバンパーが1個付いていても、どうにもなりません!!)
同車種のプラモデルから色々バンパーを探しては見たのですが、どれも ”帯に短し、たすきに長し” で上手いものが見つかりませんでした。
とりあえずカラー・イメージの無いまま、バンパーの穴埋めだけして、無難なアーモンド・ホワイトを塗装し、例のプラスティック・ケースの中に入れてしばらく放っておいた車なのです。
・・・それからしばらくして、マーシュ・モデルズの1/43の完成車の写真を見つけ、そのカラーリングに触発されてブルーのストライプを塗装しました。
吹いてしまってから気づいたのですが、ボディーがまったく違うのです。
(レベルのは65年の市販車でした。 涙)
その後、又他のコルベットを作ることもあろうかと、グランド・スポーツの本を購入したりして調べましたが、やはり致命的でした。
しかし、日本経済、いや世界経済はどしゃ降りの模様です。
明日からG8・サミットが始まりますが、効果的な共同声明が出せるのでしょうか・・?
日経は、12日間連続下落。(半世紀ぶりの大記録だそうです。)
つい数年前までは、「3年先は判らない」と云われていましたが、昨今は、「半年先が判らない」状態になっている様な気がします。
原油高騰、少子高齢化、環境、年金問題、食の安全等、今までに無いほどの難問が、今の日本には山積しています。
本当に、日本はどうなってしまうのでしょう・・・。
さて、今回は1/24のコルベット・スティングレイです。
写真を見た瞬間に、「なんだ、これ~!!」と云われてしまいそうですが、・・そ~なんです、グランド・スポーツの”もどき”なのです。(笑)
どう云う訳か私の場合、スティングレイにはカラー・イメージが湧かないのです。
この車も入手当初は、フロント、リアのバンパーレス、ステップの飾りモールド無しの状態でした。
(片側にバンパーが1個付いていても、どうにもなりません!!)
同車種のプラモデルから色々バンパーを探しては見たのですが、どれも ”帯に短し、たすきに長し” で上手いものが見つかりませんでした。
とりあえずカラー・イメージの無いまま、バンパーの穴埋めだけして、無難なアーモンド・ホワイトを塗装し、例のプラスティック・ケースの中に入れてしばらく放っておいた車なのです。
・・・それからしばらくして、マーシュ・モデルズの1/43の完成車の写真を見つけ、そのカラーリングに触発されてブルーのストライプを塗装しました。
吹いてしまってから気づいたのですが、ボディーがまったく違うのです。
(レベルのは65年の市販車でした。 涙)
その後、又他のコルベットを作ることもあろうかと、グランド・スポーツの本を購入したりして調べましたが、やはり致命的でした。
2008年06月30日
レベルのロータス・フォード(25)
瞬く間に、今年も半分が来てしまいました。
よく、「捨てる神あれば、拾う神あり・・」などと云いますが、どうやら私には”拾う神”が憑いている様です。(笑)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
私の模型部屋(3畳程の屋根裏)の床には、数十個のプラスティック・ケース(100円ショップで買った物)が積み重ねてあります。
ケースの中身は古いスロット・カー達で、手付かずのジャンクもあれば、製作途中で頓挫したもの、中には、割れ欠け、パーツの欠品多数で、一生モノにならない様な車(パーツ取り)まであります。
ブログの最初が23Bで、その後BRMと来ましたので、今回はその箱の中からレベルのロータス・フォード(25)をUPしたいと思います。
この車の製作開始は、やはり数年前でした・・。
2台とも塗装まで済んでいたのですが、欠品パーツが多く、今年になり何とか形になった車です。
この車は、ジム・クラークが1962年のイギリスGPでドライブした車をモデルにしています。
レベルのロータス25は、レベルのスロット・カーの中でも初期のもので、日本のスロット・カーのボディーにも大きな影響を与えた車の様に思います。
今の目で見ると、ボディーはやはり”おたんこ”と云わざるを得ませんが、1/24のモデルに恵まれない25ですし、45年前のモノだと云うことを考えれば、上等の部類に入るのではないでしょうか・・・。
2台ともジャンク状態のモノでしたが、この車は欠品が少なく、無塗装でしたので、製作は楽でした。
いじった箇所はリアのカウルの穴あけとファンネルをハトメに変えた位です。
ラジアス等のロッド類も付けようかと考えましたが、あまりいじりすぎると当時の雰囲気を損なうと思い、モデルの車の表現だけに留めました。

この車は1963年の Aintree 200 のレースの時のもので、タイトル争いをするクラークが、チームメートのTrevor Taylor の車に乗り換えて戦った時の車がモデルになっています。
この車は本当のジャンクで、スクリーン、エグゾースト、モーター、モーター・マウント、ホイルインサート、ドライバー、その他欠品多数で、殆どボディーとフレームにタイヤだけの状態でした。
マウントはアルミなので、ハンズで同じ肉厚の素材を買い、ボール盤で穴あけし、リアのエグゾーストもアルミ・パイプで自作しています。
スクリーンはヒート・プレスですが、オリジナルのスクリーンが大きすぎ、又、前面も立ちすぎているので、多少低めに作って見ました。
右の写真はシャーシーですが、手持ちのスペーサーが少ないので、フロントは内側からスペーサーとダイナミックのストッパーで止めています。
その内、内径3,2mmぐらいのアルミか真鍮パイプを見つけておきたいと思います。
よく、「捨てる神あれば、拾う神あり・・」などと云いますが、どうやら私には”拾う神”が憑いている様です。(笑)
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私の模型部屋(3畳程の屋根裏)の床には、数十個のプラスティック・ケース(100円ショップで買った物)が積み重ねてあります。
ケースの中身は古いスロット・カー達で、手付かずのジャンクもあれば、製作途中で頓挫したもの、中には、割れ欠け、パーツの欠品多数で、一生モノにならない様な車(パーツ取り)まであります。
ブログの最初が23Bで、その後BRMと来ましたので、今回はその箱の中からレベルのロータス・フォード(25)をUPしたいと思います。
この車の製作開始は、やはり数年前でした・・。
2台とも塗装まで済んでいたのですが、欠品パーツが多く、今年になり何とか形になった車です。
この車は、ジム・クラークが1962年のイギリスGPでドライブした車をモデルにしています。
レベルのロータス25は、レベルのスロット・カーの中でも初期のもので、日本のスロット・カーのボディーにも大きな影響を与えた車の様に思います。
今の目で見ると、ボディーはやはり”おたんこ”と云わざるを得ませんが、1/24のモデルに恵まれない25ですし、45年前のモノだと云うことを考えれば、上等の部類に入るのではないでしょうか・・・。
2台ともジャンク状態のモノでしたが、この車は欠品が少なく、無塗装でしたので、製作は楽でした。
いじった箇所はリアのカウルの穴あけとファンネルをハトメに変えた位です。
ラジアス等のロッド類も付けようかと考えましたが、あまりいじりすぎると当時の雰囲気を損なうと思い、モデルの車の表現だけに留めました。
この車は1963年の Aintree 200 のレースの時のもので、タイトル争いをするクラークが、チームメートのTrevor Taylor の車に乗り換えて戦った時の車がモデルになっています。
この車は本当のジャンクで、スクリーン、エグゾースト、モーター、モーター・マウント、ホイルインサート、ドライバー、その他欠品多数で、殆どボディーとフレームにタイヤだけの状態でした。
マウントはアルミなので、ハンズで同じ肉厚の素材を買い、ボール盤で穴あけし、リアのエグゾーストもアルミ・パイプで自作しています。
スクリーンはヒート・プレスですが、オリジナルのスクリーンが大きすぎ、又、前面も立ちすぎているので、多少低めに作って見ました。
右の写真はシャーシーですが、手持ちのスペーサーが少ないので、フロントは内側からスペーサーとダイナミックのストッパーで止めています。
その内、内径3,2mmぐらいのアルミか真鍮パイプを見つけておきたいと思います。
2008年06月26日
Auto World ③
ここの所、NHK BS2で「ミス・マープル」を楽しみに見ています。
イギリスの当時の風物がリアルに再現されており、先日も初期のモーガンとXK120が登場していました。

上の写真は1970年にCAN-AMを戦うAUTO WORLD XLRの勇姿。
ボディー・カウル上部にはスロット・カーのサーキットが描かれており、いかにもオスカーらしい奇抜なデザインです。 サイド・ステップにも当時のプラモデル・メーカーやスロット関係のステッカーが所狭しと張られています。
(Source: PIT STOP)
1969年からCAN-MAに参戦したオスカーは、この年、第1戦 (Mosport Park) と第6戦 (Road America) でポイントを獲得し,ランキング23位(23/32)になっている。
1970年は、第2戦 (Mont-Tremblant ) と第7戦 (Road Atlanta) でポイントを獲得し,ランキングは15位(15/31)と健闘している。
特に第7戦では4位に入賞すると云う大活躍であった。
1971年に入るとコ・ドライバーに Tony Adamowicz 選手を迎え、第3戦、第4戦 第5戦、第9戦でポイント総数34を獲得し、ランキング7位を獲得している。
オート・ワールドのスポンサーシップでの出場はこの年限りで、レースの方も、殆どを Adamowicz 選手がドライブしている。
又、この年までマクラーレンの一人天下であったCAN-AMも、次の年に出場してきたPORSCHE 917/10 により、様相が一変してしまう。

上の写真はACCURATE MINIATURESより発売されていたオスカーのJEROBEEマクラーレン。
右は友人から頂いたXLRのデカル。
(頂戴するまで、こんなデカルが発売されていたなんて、まったく知りませんでした。 笑)

この写真は、同じスロット・カー・クラブでCAN-AMシリーズを戦っているT氏の愛車。
丁度JEROBEE M8Bだったので、写真を拝借させて頂いた。
なんでも、アキュレートはデカルが薄く、T氏はこのデカルをパソコンで自作したそうだ。
(凄い!!)
PS: 戦績の記載にミスがありましたので訂正いたしました。 4/26)
イギリスの当時の風物がリアルに再現されており、先日も初期のモーガンとXK120が登場していました。
上の写真は1970年にCAN-AMを戦うAUTO WORLD XLRの勇姿。
ボディー・カウル上部にはスロット・カーのサーキットが描かれており、いかにもオスカーらしい奇抜なデザインです。 サイド・ステップにも当時のプラモデル・メーカーやスロット関係のステッカーが所狭しと張られています。
(Source: PIT STOP)
1969年からCAN-MAに参戦したオスカーは、この年、第1戦 (Mosport Park) と第6戦 (Road America) でポイントを獲得し,ランキング23位(23/32)になっている。
1970年は、第2戦 (Mont-Tremblant ) と第7戦 (Road Atlanta) でポイントを獲得し,ランキングは15位(15/31)と健闘している。
特に第7戦では4位に入賞すると云う大活躍であった。
1971年に入るとコ・ドライバーに Tony Adamowicz 選手を迎え、第3戦、第4戦 第5戦、第9戦でポイント総数34を獲得し、ランキング7位を獲得している。
オート・ワールドのスポンサーシップでの出場はこの年限りで、レースの方も、殆どを Adamowicz 選手がドライブしている。
又、この年までマクラーレンの一人天下であったCAN-AMも、次の年に出場してきたPORSCHE 917/10 により、様相が一変してしまう。
上の写真はACCURATE MINIATURESより発売されていたオスカーのJEROBEEマクラーレン。
右は友人から頂いたXLRのデカル。
(頂戴するまで、こんなデカルが発売されていたなんて、まったく知りませんでした。 笑)
この写真は、同じスロット・カー・クラブでCAN-AMシリーズを戦っているT氏の愛車。
丁度JEROBEE M8Bだったので、写真を拝借させて頂いた。
なんでも、アキュレートはデカルが薄く、T氏はこのデカルをパソコンで自作したそうだ。
(凄い!!)
PS: 戦績の記載にミスがありましたので訂正いたしました。 4/26)
2008年06月22日
Auto World ②
最近、駐車場に車をまっすぐ止められなくなって来て困っている・・・。
どうしても少し曲がってしまうのだ。 ・・・やはり歳なのだろうか?(笑)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
コヴェレスキー家の人々は、代々のおもちゃ好き、車好き、レース好きと云う点は共通している様だ。
父親のトニー・コヴェレスキー氏も1914年製の Statz Bearcat で、その昔レースやラリーを楽しんでいた様だ。 又、彼はオールド・トイの第一人者でもある。
オート・ワールドの当主であるオスカーだが、彼も人後に落ちない車好きである。
若い頃(1950年代初頭)はMGでSCCAのレースに出場していた。
オート・ワールド社は、販促用なのか個人の趣味なのか・・・?、それともその両方を兼ねていたのか、代々レーシングカーを所有している。
最初の車はトニー氏の Statz で、その次は Ferrari Monza である。(・・凄い!!)
この車でトニー氏はレースをしていたのだろうか・・・?
オスカーの代になるとマクラーレンのレーシングカーを何台か乗り継ぎ、CAN-AM レースへの挑戦が始まる。
最初の車はMkⅡで、その後M6からM8Bへと進化して行く。
戦績は別にしても、排気量無制限の当時のモンスター・マシンをレーシング・モードでドライブ出来るのだから、やはり運動神経は相当良かったのだろう。

オスカーと云う人物を紹介するに当たり、面白い絵と文章があるのでUPしてみたいと思います。
左の絵はオスカー自身が描いた物かどうか判りませんが、オート・ワールドのDVDの中に入っていたものです。
「すべてのスポーツには、それぞれの楽しみがある・・・。」
下の丸の中にはオスカーの心情が描かれている。
1/3は、お酒と娯楽、 1/3は、カー・レース(多分)、残りの1/3はビジネスと云う事だろう。
右の写真はオート・ワールドのHPから拝借したものなのだが、これは社内報なのだろうか・・・。
「私の人生においては、この三つしかない!!」
1、女性
2、お酒(ウイスキー)
3、カー・レース
「そして、お酒とレースにあまりにも多くの時間を浪費して来た。」
・・・と書いている。
日本で云えば、飲む、打つ、買うの3拍子である!!
・・・何という豪放磊落な人物であろうか。
まったく羨ましい限りである。

CAN-AMにおけるオート・ワールド・レーシング・チームの活躍はDVDでも見ることが出来ます。
興味のある方は autoworldmobilia.com を覗いて見てください。
(Thank you for Chris Koveleski.)
どうしても少し曲がってしまうのだ。 ・・・やはり歳なのだろうか?(笑)
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コヴェレスキー家の人々は、代々のおもちゃ好き、車好き、レース好きと云う点は共通している様だ。
父親のトニー・コヴェレスキー氏も1914年製の Statz Bearcat で、その昔レースやラリーを楽しんでいた様だ。 又、彼はオールド・トイの第一人者でもある。
オート・ワールドの当主であるオスカーだが、彼も人後に落ちない車好きである。
若い頃(1950年代初頭)はMGでSCCAのレースに出場していた。
オート・ワールド社は、販促用なのか個人の趣味なのか・・・?、それともその両方を兼ねていたのか、代々レーシングカーを所有している。
最初の車はトニー氏の Statz で、その次は Ferrari Monza である。(・・凄い!!)
この車でトニー氏はレースをしていたのだろうか・・・?
オスカーの代になるとマクラーレンのレーシングカーを何台か乗り継ぎ、CAN-AM レースへの挑戦が始まる。
最初の車はMkⅡで、その後M6からM8Bへと進化して行く。
戦績は別にしても、排気量無制限の当時のモンスター・マシンをレーシング・モードでドライブ出来るのだから、やはり運動神経は相当良かったのだろう。
オスカーと云う人物を紹介するに当たり、面白い絵と文章があるのでUPしてみたいと思います。
左の絵はオスカー自身が描いた物かどうか判りませんが、オート・ワールドのDVDの中に入っていたものです。
「すべてのスポーツには、それぞれの楽しみがある・・・。」
下の丸の中にはオスカーの心情が描かれている。
1/3は、お酒と娯楽、 1/3は、カー・レース(多分)、残りの1/3はビジネスと云う事だろう。
右の写真はオート・ワールドのHPから拝借したものなのだが、これは社内報なのだろうか・・・。
「私の人生においては、この三つしかない!!」
1、女性
2、お酒(ウイスキー)
3、カー・レース
「そして、お酒とレースにあまりにも多くの時間を浪費して来た。」
・・・と書いている。
日本で云えば、飲む、打つ、買うの3拍子である!!
・・・何という豪放磊落な人物であろうか。
まったく羨ましい限りである。
CAN-AMにおけるオート・ワールド・レーシング・チームの活躍はDVDでも見ることが出来ます。
興味のある方は autoworldmobilia.com を覗いて見てください。
(Thank you for Chris Koveleski.)
2008年06月19日
Auto World ①
今年のUSオープンは凄かったですね~・・。
月曜日(日本では日曜日の深夜)のプレーオフまでLIVEで見てしまい、3日ほど睡眠不足で仕事にならず、参りました。(笑)

オート・ワールドの事を書こうと思い、1週間ほど暗中模索を続けておりましたが、内容が有り過ぎて簡単なブログには中々まとまらず、概略だけを何回かに分けて書こうと思います。
オート・ワールドの前身はオスカー・コヴェレスキー (Oscar Koveleski) 氏の父親であるトニー・コヴェレスキー(AJ,Koveleski)氏により設立された小さなおもちゃ工場に始まる。 ・・・その後、生鮮食品マーケットの一部にホビーショップを開設し、2代目のオスカーの快進撃が始まるのである。
このトニー・コヴェレスキー氏も相当な車好き、おもちゃ好きな人物であった様だ。
アメリカという国は日本と違い大きな大陸なので、カタログ販売と云う方法が普及していた。
父親の成功を引き継ぎ、オスカーは車のおもちゃのカタログ販売と云う手法で、全米だけではなくヨーロッパにまで販路を広げ大成功を収める事となる。 (相当の財を成した様だ・・・。)
オスカー自身は、車のおもちゃだけではなく、実車のレース・カーも大好きだった。 ・・・スロット・カーやラジコン・カーの腕前は相当のものであった様だ。
又、オスカーは出版関係にも進出し、オート・ワールドのカタログ以外にも「Car Model」 等のモデルマガジンや実車のレース関係のNews Letter 等も出版していた。

上の写真はロード・アトランタのCAN-AMレース中の一コマである。
ローラのドライバーのGary Wilsonが、ラジコン・カーを調整しているオスカーを覗き込んでいる所。
右はオスカーが出版していた、”Car Model” マガジン。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
オート・ワールドの事について、もっと詳しく知りたい方は以下のURLをご覧下さい。
http://www.slotcarillustrated.com/Features/Oscar.shtm/
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月曜日(日本では日曜日の深夜)のプレーオフまでLIVEで見てしまい、3日ほど睡眠不足で仕事にならず、参りました。(笑)
オート・ワールドの事を書こうと思い、1週間ほど暗中模索を続けておりましたが、内容が有り過ぎて簡単なブログには中々まとまらず、概略だけを何回かに分けて書こうと思います。
オート・ワールドの前身はオスカー・コヴェレスキー (Oscar Koveleski) 氏の父親であるトニー・コヴェレスキー(AJ,Koveleski)氏により設立された小さなおもちゃ工場に始まる。 ・・・その後、生鮮食品マーケットの一部にホビーショップを開設し、2代目のオスカーの快進撃が始まるのである。
このトニー・コヴェレスキー氏も相当な車好き、おもちゃ好きな人物であった様だ。
アメリカという国は日本と違い大きな大陸なので、カタログ販売と云う方法が普及していた。
父親の成功を引き継ぎ、オスカーは車のおもちゃのカタログ販売と云う手法で、全米だけではなくヨーロッパにまで販路を広げ大成功を収める事となる。 (相当の財を成した様だ・・・。)
オスカー自身は、車のおもちゃだけではなく、実車のレース・カーも大好きだった。 ・・・スロット・カーやラジコン・カーの腕前は相当のものであった様だ。
又、オスカーは出版関係にも進出し、オート・ワールドのカタログ以外にも「Car Model」 等のモデルマガジンや実車のレース関係のNews Letter 等も出版していた。
上の写真はロード・アトランタのCAN-AMレース中の一コマである。
ローラのドライバーのGary Wilsonが、ラジコン・カーを調整しているオスカーを覗き込んでいる所。
右はオスカーが出版していた、”Car Model” マガジン。
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オート・ワールドの事について、もっと詳しく知りたい方は以下のURLをご覧下さい。
http://www.slotcarillustrated.com/Features/Oscar.shtm/
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2008年06月15日
1963 Ford Galaxie ②
本当に、1週間が早く過ぎてしまいます・・・。

私達が子供の頃は、スロット・カーのシャーシーも見よう見まねの半田付けで、改造したり自作したりして楽しんでいました。
今の私も、古いスロット・カーを勝手気ままに自分なりに作り直して楽しんでおります・・。
さて、この1963年型のフォード・ギャラクシーですが、白地に3本の赤いストライプのボディー・カラーで、1963年のBSCCに J,Willment Automobiles からジャック・シアーズ選手のドライブで第5戦からエントリーしています。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
詳しくお知りになりたい方は、検索サイトで「BRSCC 1963 British Saloon Car Championship] と引いて頂ければ、直ぐに素晴らしいページが出てくると思います。
http://fp.gplegends.plus.com/BSCC/1963%20BSCC.htm
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ジャック・シアーズ選手は、このシーズン3台の車を乗り継ぎチャンピオンになっています。
最初はフォード・コルティナでスタートし、第5戦からこのモンスター・ギャラクシーで優勝を重ね、シーズン後半はロータス・コルティナに乗り換えています。
この車の登場により、ジャガーMkⅡの牙城が一気に崩壊を始めました。
(この頃のレースは各クラスのポイントが同列で加算されるシステムだった様で、どのクラスの車で走っても総得点が多いドライバーがチャンピオンになった様です。)
又このレースの後半戦では、同型のギャラクシーをダン・ガーニーやジム・クラーク、ジャック・ブラバムやグラハム・ヒル等、そうそうたるGPドライバーがドライブしています。

(Souse: 1992 Classic cars "Brands Hatch on June 6 1964")
私達が子供の頃は、スロット・カーのシャーシーも見よう見まねの半田付けで、改造したり自作したりして楽しんでいました。
今の私も、古いスロット・カーを勝手気ままに自分なりに作り直して楽しんでおります・・。
さて、この1963年型のフォード・ギャラクシーですが、白地に3本の赤いストライプのボディー・カラーで、1963年のBSCCに J,Willment Automobiles からジャック・シアーズ選手のドライブで第5戦からエントリーしています。
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詳しくお知りになりたい方は、検索サイトで「BRSCC 1963 British Saloon Car Championship] と引いて頂ければ、直ぐに素晴らしいページが出てくると思います。
http://fp.gplegends.plus.com/BSCC/1963%20BSCC.htm
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ジャック・シアーズ選手は、このシーズン3台の車を乗り継ぎチャンピオンになっています。
最初はフォード・コルティナでスタートし、第5戦からこのモンスター・ギャラクシーで優勝を重ね、シーズン後半はロータス・コルティナに乗り換えています。
この車の登場により、ジャガーMkⅡの牙城が一気に崩壊を始めました。
(この頃のレースは各クラスのポイントが同列で加算されるシステムだった様で、どのクラスの車で走っても総得点が多いドライバーがチャンピオンになった様です。)
又このレースの後半戦では、同型のギャラクシーをダン・ガーニーやジム・クラーク、ジャック・ブラバムやグラハム・ヒル等、そうそうたるGPドライバーがドライブしています。
(Souse: 1992 Classic cars "Brands Hatch on June 6 1964")
2008年06月10日
1963 Ford Galaxie ①
まぁ・・・、お茶でも、どうぞ~.
・・・済みません、 だんだん疲れて来ました~。 (笑)
本当はオート・ワールドの事を書く予定でいたのですが、資料と書く内容がいまいちまとまらず、今回はこの車で”お茶を濁す”事にしようと思います。

この車を作ってから早や、7~8年が経つと思いますが、真の意味で云えばヴィンテージ・スロット・カーには当たらないと思います。
ボディーはAMTの63年ギャラクシーの再販物で、シャーシーは自作ですが、フロント、リアの軸受けには現行のパーツを使用しています。
さてこの車、ストック・カーなのにストライプが入り、古いナスカー・ファンにはひんしゅくを買いそうなカラーリングですが、BRSCCの1963年のチャンピオン・カーがモデルになっているのです。
又、1998年の”Classic cars”でもこの車が特集され、私の製作意欲が刺激されました。

この車は、何回かサーキットに持って行き走らせていますが・・、シャーシーを重めに作っては有るのですが、270Sのパワーに当時のスポンジ・タイヤは負けていました。
本来はダイナミックのホイルを付けているのですが、写真を撮るためにお色直しも兼ねて、ウールリッチの”鉄ちん”ホイルに交換してみました。
ボディーが埃とタバコのヤニで随分汚れていたので、中性洗剤の薄め液で拭いていたら、赤いストライプが一部薄くなってしまいました。(笑)
そう・・・、この車はクリア・コーティングをしていないのです。
当時、この車の資料が中々見つからず、カーナンバーが判らなかったのでそのままにしておいたのです。 ・・・ある意味では、これは正解だった様です。(笑)
・・・結局、雑誌に載っていた車を作ることになりました。
・・・済みません、 だんだん疲れて来ました~。 (笑)
本当はオート・ワールドの事を書く予定でいたのですが、資料と書く内容がいまいちまとまらず、今回はこの車で”お茶を濁す”事にしようと思います。
この車を作ってから早や、7~8年が経つと思いますが、真の意味で云えばヴィンテージ・スロット・カーには当たらないと思います。
ボディーはAMTの63年ギャラクシーの再販物で、シャーシーは自作ですが、フロント、リアの軸受けには現行のパーツを使用しています。
さてこの車、ストック・カーなのにストライプが入り、古いナスカー・ファンにはひんしゅくを買いそうなカラーリングですが、BRSCCの1963年のチャンピオン・カーがモデルになっているのです。
又、1998年の”Classic cars”でもこの車が特集され、私の製作意欲が刺激されました。
この車は、何回かサーキットに持って行き走らせていますが・・、シャーシーを重めに作っては有るのですが、270Sのパワーに当時のスポンジ・タイヤは負けていました。
本来はダイナミックのホイルを付けているのですが、写真を撮るためにお色直しも兼ねて、ウールリッチの”鉄ちん”ホイルに交換してみました。
ボディーが埃とタバコのヤニで随分汚れていたので、中性洗剤の薄め液で拭いていたら、赤いストライプが一部薄くなってしまいました。(笑)
そう・・・、この車はクリア・コーティングをしていないのです。
当時、この車の資料が中々見つからず、カーナンバーが判らなかったのでそのままにしておいたのです。 ・・・ある意味では、これは正解だった様です。(笑)
・・・結局、雑誌に載っていた車を作ることになりました。
2008年06月07日
レベルのBRM
(from: july 1998 CLASSIC&Sports car)
ここの所、アトラスの重箱の隅を突く様な話が多かったので、箸休めに昔作ったレベルのBRMでもUPしてみようと思います。
今でもちょっと探せばどこかから出てきそうな当時のスロット・カーの定番ですが、私はこんな素朴なスロット・カーが結構好きなのです。
昔走らせた事がある方も多いと思いますが・・・、日模のポルシェやフェラーリと同様に、当時の雰囲気を最も良く伝える、見ていて”ほっ・・”と出来る車です。(笑)
写真はやはりジャンクから製作したもので、グラハム・ヒルの1961、1962年のチャンピオン・カーをモデルにしています。
もともとレベルの製品ですので、素性は悪くないと思います。
BRM自体もイギリス・レーシング界のサラブレッドですから、奥深いものが有ります。
一番上の写真はイギリスの「クラッシック&スポーツ・カー」と言う雑誌から拝借したものですが、この本は古い車好きには最高だと思います。 私も過去に愛読していました。
中々見られない様な古いレーシング・カーの写真がちょくちょく見られますし、オークションの記事も豊富です。 レストア記事もあれば、パーツ屋さんも載ってますし、時々おもちゃやオートモビリア、アート作品も載っています。
圧巻はトレジャー・ハント的な名車発掘記事でした。
デ・レスピニィ氏所有のインディー・クーパーの記事も載っていました。
・・・何より私が一番気に入っていたのは、古い車の有り方がアメリカ的ではないことです。
(これもジャンクから作ったBRMなので、タイヤやパーツがまちまちです。)
2008年06月03日
ATLAS ⑧
関東地方も梅雨に入ってしまったようです。
雨の日には塗装が吹けないばかりか、気分もすっきりしません。
さて・・・、マルサンの1/32のキットにはフォードGT,ポルシェ904、ルノー・カラベル、セドリック、クラウン等があった。
アトラスに渡ったのは、この内のフォードGTとポルシェ904だけだと思う。
アトラスにはブラバムBT3と158フェラーリが存在するが、私はマルサンブランドのこの2台を知らない。
このキットだけはアトラスのオリジナルだったのだろうか・・・?
(マルサンにはこれ以外にも HIT RACING LINE なるブランド名で輸出用キットを生産していたふしがあるが、その全貌は良く判らない。 マルサンが関係していたのかも良く判らないのだが、内容はチープな物であった。 その内、その一部でも紹介したいと思う。)

写真はアトラスのブラバムとフェラーリの箱絵と内容の一部である。
BT-3はスロットの中では唯一の物かもしれない。
私好みの車種だ・・・。(笑)

写真はマルサンとアトラスのフォードGTのボディーであるが、左側はレストア途中のマルサンの物、中央と右端はアトラスのシリーズⅡのボディーである。
・・・やはり商品化はされなかった。
2台の改良されたボディーはセブリング・カーがモデルになっている様だ。
メッキ・パーツだったライトカバーはボディーと一体成型になり、フロントには新しいダクトとスポイラーが新設されている。
ボンネット上のルーバーも大きなダクトに変更され、リアの意匠にも手が加えられている。
(このボディーで1台作ってみたいのだが、マルサンのボディーを投げてしまうのももったいない・・・。笑)
多分、このボディーの製作にはホセ・ロドりゲス氏が絡んでいたのではないかと想像される。
このボディーも後年、オート・ワールドのカタログに載ることとなる。

アトラスには1/24のクーパーとBRMの2台のF1が存在する。
マルサンはキットの形で販売し、アトラスはRTR主体の形で販売した様だ。
写真のクーパーF1は以前ジャンクから製作したもので、フロント・フレームは真鍮の自作半田付け、フロント・ホイルはフリーにしてある。
タイヤ、ホイル、インサート等はモノグラムのスカラブから拝借した。
ロールバーは切り取ってしまったが、新しい物をまだ取り付けていない。
(フロント周りは実車とは異なり、雰囲気だけである。 笑)
雨の日には塗装が吹けないばかりか、気分もすっきりしません。
さて・・・、マルサンの1/32のキットにはフォードGT,ポルシェ904、ルノー・カラベル、セドリック、クラウン等があった。
アトラスに渡ったのは、この内のフォードGTとポルシェ904だけだと思う。
アトラスにはブラバムBT3と158フェラーリが存在するが、私はマルサンブランドのこの2台を知らない。
このキットだけはアトラスのオリジナルだったのだろうか・・・?
(マルサンにはこれ以外にも HIT RACING LINE なるブランド名で輸出用キットを生産していたふしがあるが、その全貌は良く判らない。 マルサンが関係していたのかも良く判らないのだが、内容はチープな物であった。 その内、その一部でも紹介したいと思う。)
写真はアトラスのブラバムとフェラーリの箱絵と内容の一部である。
BT-3はスロットの中では唯一の物かもしれない。
私好みの車種だ・・・。(笑)
写真はマルサンとアトラスのフォードGTのボディーであるが、左側はレストア途中のマルサンの物、中央と右端はアトラスのシリーズⅡのボディーである。
・・・やはり商品化はされなかった。
2台の改良されたボディーはセブリング・カーがモデルになっている様だ。
メッキ・パーツだったライトカバーはボディーと一体成型になり、フロントには新しいダクトとスポイラーが新設されている。
ボンネット上のルーバーも大きなダクトに変更され、リアの意匠にも手が加えられている。
(このボディーで1台作ってみたいのだが、マルサンのボディーを投げてしまうのももったいない・・・。笑)
多分、このボディーの製作にはホセ・ロドりゲス氏が絡んでいたのではないかと想像される。
このボディーも後年、オート・ワールドのカタログに載ることとなる。
アトラスには1/24のクーパーとBRMの2台のF1が存在する。
マルサンはキットの形で販売し、アトラスはRTR主体の形で販売した様だ。
写真のクーパーF1は以前ジャンクから製作したもので、フロント・フレームは真鍮の自作半田付け、フロント・ホイルはフリーにしてある。
タイヤ、ホイル、インサート等はモノグラムのスカラブから拝借した。
ロールバーは切り取ってしまったが、新しい物をまだ取り付けていない。
(フロント周りは実車とは異なり、雰囲気だけである。 笑)
2008年05月30日
ATLAS ⑦
そろそろアトラスの”薀蓄”も種切れになってきた・・・。(笑)

すでにミドリのアルファロメオ・カングーロを発売していたアトラスではあるが、ハセガワのカングーロのボディーにも食指を動かしていた様だ。
写真はDINO同様にフロントにマウント・ポストを増設したハセガワのアルファロメオ・カングーロのボディー内面である。
それにしても当時のアトラスは、マルサン、タミヤ、ミドリ、ハセガワ等の日本製ボディーを使い、同社のキットを発売しようとしていた姿勢にはまったく感心させられる・・・。 (ハセガワだけは計画倒れだったが・・。)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
私はモデルカーズ4号(カーマガジン98号増刊号)の中の「マルサンの残像」(元モデルカーズ編集長、平野克己氏の渾身のレポートであった!!)を読むまで、アトラスのキットをマルサンがライセンス生産し販売しているものと勘違いをしていた。
なぜなら、あの当時ピットマン・モーターを使ったキットは国産では皆無であったからだ・・・。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
アトラスに供給されたこれら日本のボディーは、日本で生産されて、ボディーだけがアメリカに送られたのか、それとも金型自体をアメリカに貸し出したのかは良くわからない。
しかし、ハセガワのボディーを見ると、成型色といい、増設されたポストといい、金型をアメリカに送り向こうで注型されたと思えてならない。
また1980年代後半には、静岡のワラシナ自動車よりこれらハセガワの金型を使ったボディー・キットが発売されている。
これらの中にはストックカーのボディーも含まれていた。
(なぜか、フェラーリLMだけはライト・カバーが塞がれていたが、何か訳でも有ったのだろうか・・・?)
アトラスに渡ったハセガワのボディーではあったが・・・、その後やはりオート・ワールド社に売り払われ、安価な価格でカタログ販売される事となる。

写真のDINOは、ハセガワのボディーを改造し昔作ったもの。
最近では、昔自分の作ったおもちゃも失念するありさまだ。。、(笑)
すでにミドリのアルファロメオ・カングーロを発売していたアトラスではあるが、ハセガワのカングーロのボディーにも食指を動かしていた様だ。
写真はDINO同様にフロントにマウント・ポストを増設したハセガワのアルファロメオ・カングーロのボディー内面である。
それにしても当時のアトラスは、マルサン、タミヤ、ミドリ、ハセガワ等の日本製ボディーを使い、同社のキットを発売しようとしていた姿勢にはまったく感心させられる・・・。 (ハセガワだけは計画倒れだったが・・。)
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私はモデルカーズ4号(カーマガジン98号増刊号)の中の「マルサンの残像」(元モデルカーズ編集長、平野克己氏の渾身のレポートであった!!)を読むまで、アトラスのキットをマルサンがライセンス生産し販売しているものと勘違いをしていた。
なぜなら、あの当時ピットマン・モーターを使ったキットは国産では皆無であったからだ・・・。
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アトラスに供給されたこれら日本のボディーは、日本で生産されて、ボディーだけがアメリカに送られたのか、それとも金型自体をアメリカに貸し出したのかは良くわからない。
しかし、ハセガワのボディーを見ると、成型色といい、増設されたポストといい、金型をアメリカに送り向こうで注型されたと思えてならない。
また1980年代後半には、静岡のワラシナ自動車よりこれらハセガワの金型を使ったボディー・キットが発売されている。
これらの中にはストックカーのボディーも含まれていた。
(なぜか、フェラーリLMだけはライト・カバーが塞がれていたが、何か訳でも有ったのだろうか・・・?)
アトラスに渡ったハセガワのボディーではあったが・・・、その後やはりオート・ワールド社に売り払われ、安価な価格でカタログ販売される事となる。
写真のDINOは、ハセガワのボディーを改造し昔作ったもの。
最近では、昔自分の作ったおもちゃも失念するありさまだ。。、(笑)
2008年05月27日
ATLAS ⑥
だいぶ蒸す陽気になってきました。
この時期になると、我々中年は体調を崩しやすくなるので、注意が必要です。
(・・・かく云う私も、いまいち体調がすぐれません。 笑)

(COX ATLAS ストロンベッカー)
さて、このチータを他社のチータと比べた写真を見て頂こう。
上から見ると、この車の大きさと特徴がもっと良く判ると思う。

写真は、赤い成型色のハセガワのDINO166Pのボディーである。
色が違うだけで、外見上は良く見かける”ソラマメ色”のボディー・キットと何ら変わらない。
アトラスはこのハセガワのボディーを利用して、次回作を計画していたのだ。
一番違う点は、新たに新設されたシャーシーのマウント・ポストである。
ボディー内面にはハセガワのロゴもちゃんと残っている。

上の写真はチータとハセガワのDINOのマウント・ポストの形状を比較したものである。
DINOは前2本、後ろ1本の3本で有るが、このポストが異様に長いのである。
フロントが約22mm、リアが30.5mmもある。
机の上に置くと、ボディー全体が5~6mm程浮き上がる程長いのだ。
又、リアのポストは後輪のシャフトぎりぎりまで迫っている。
・・・そう、サイド・ワインダー・シャーシーならば、COX同様にリア・シャフトぎりぎりの所にポストが有ってもおかしくは無い。
ましてやチータと共通のシャーシーを考えていたとするなら、チータはリアのオーバーハングが無いだけ、リア・ポストの立地が難しくなる。
チータは内装が無いので、リアのマウント・ポストはボディー上には存在しない。
フロントのポストの長さは28mmである。
前に書いたが、このチータのボディーがアトラスのプロトタイプ・ボディーでは無いか?との確証を得たのは、フロントポストの間隔が両車とも芯芯で32mmとまったく同じであったからだ・・・。
(つづく)
この時期になると、我々中年は体調を崩しやすくなるので、注意が必要です。
(・・・かく云う私も、いまいち体調がすぐれません。 笑)
(COX ATLAS ストロンベッカー)
さて、このチータを他社のチータと比べた写真を見て頂こう。
上から見ると、この車の大きさと特徴がもっと良く判ると思う。
写真は、赤い成型色のハセガワのDINO166Pのボディーである。
色が違うだけで、外見上は良く見かける”ソラマメ色”のボディー・キットと何ら変わらない。
アトラスはこのハセガワのボディーを利用して、次回作を計画していたのだ。
一番違う点は、新たに新設されたシャーシーのマウント・ポストである。
ボディー内面にはハセガワのロゴもちゃんと残っている。
上の写真はチータとハセガワのDINOのマウント・ポストの形状を比較したものである。
DINOは前2本、後ろ1本の3本で有るが、このポストが異様に長いのである。
フロントが約22mm、リアが30.5mmもある。
机の上に置くと、ボディー全体が5~6mm程浮き上がる程長いのだ。
又、リアのポストは後輪のシャフトぎりぎりまで迫っている。
・・・そう、サイド・ワインダー・シャーシーならば、COX同様にリア・シャフトぎりぎりの所にポストが有ってもおかしくは無い。
ましてやチータと共通のシャーシーを考えていたとするなら、チータはリアのオーバーハングが無いだけ、リア・ポストの立地が難しくなる。
チータは内装が無いので、リアのマウント・ポストはボディー上には存在しない。
フロントのポストの長さは28mmである。
前に書いたが、このチータのボディーがアトラスのプロトタイプ・ボディーでは無いか?との確証を得たのは、フロントポストの間隔が両車とも芯芯で32mmとまったく同じであったからだ・・・。
(つづく)
2008年05月22日
2008年05月18日
ATLAS ④
このチータのボディーについて、もう少し探ってみよう・・・。
アトラスのスロット・カーに付いては、Philippe de Lespinay氏が彼の著書「VINTAGE SLOT CARS」の中で以下の様に書いているので、つたない訳では有るがその一部を紹介したいと思う。
(全文ではなく、アトラスのチータに関する後半の部分だけである。)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
アトラスは1/24のボディーの細工を始めた。
しかし、市場はすでに衰退気味で、ロータス・ポルシェ、チータ・リバーサイド、ディーノは完成には至らなかった。
大きいサイズ(1/24)のアトラスのキットは最低価格で市場に出回った。
しかし、それらのキットに買い手は付かず、アトラスは本業の電車作りに戻った。
アトラスの在庫はペンシルベニア州のスクラントンにあるオート・ワールド社に売り払われた。
オート・ワールドはアトラスのキットを売ったり、アトラスの部品を使って独自の製品を作り、90年代まで販売していた。
試作品のロータス・ポルシェのテスト・ショットは、ホセ・ロドリゲス・ジュニア氏の所(estate)で生き残った。
チータの、窓や装飾部品が一切無いボディーは、70年代初頭にいわゆる”お楽しみ袋”(grab bags)に入れられて$1で販売されていた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
多分、私が入手したボディーは、このグラブ・バックの中に入れられて売られていた1台ではないかと推測される。
又、オート・ワールド社(AUTO WORLD)のCEOであるOscer A.M.Koveleski氏は、実車とスロット・カー双方に造詣が深い人物であるのでいずれ紹介したいと思う。
(つづく)

(VINTAGE SLOT CARS) (from Car Model 1966) (Auto World Catalog)
アトラスのスロット・カーに付いては、Philippe de Lespinay氏が彼の著書「VINTAGE SLOT CARS」の中で以下の様に書いているので、つたない訳では有るがその一部を紹介したいと思う。
(全文ではなく、アトラスのチータに関する後半の部分だけである。)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
アトラスは1/24のボディーの細工を始めた。
しかし、市場はすでに衰退気味で、ロータス・ポルシェ、チータ・リバーサイド、ディーノは完成には至らなかった。
大きいサイズ(1/24)のアトラスのキットは最低価格で市場に出回った。
しかし、それらのキットに買い手は付かず、アトラスは本業の電車作りに戻った。
アトラスの在庫はペンシルベニア州のスクラントンにあるオート・ワールド社に売り払われた。
オート・ワールドはアトラスのキットを売ったり、アトラスの部品を使って独自の製品を作り、90年代まで販売していた。
試作品のロータス・ポルシェのテスト・ショットは、ホセ・ロドリゲス・ジュニア氏の所(estate)で生き残った。
チータの、窓や装飾部品が一切無いボディーは、70年代初頭にいわゆる”お楽しみ袋”(grab bags)に入れられて$1で販売されていた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
多分、私が入手したボディーは、このグラブ・バックの中に入れられて売られていた1台ではないかと推測される。
又、オート・ワールド社(AUTO WORLD)のCEOであるOscer A.M.Koveleski氏は、実車とスロット・カー双方に造詣が深い人物であるのでいずれ紹介したいと思う。
(つづく)
(VINTAGE SLOT CARS) (from Car Model 1966) (Auto World Catalog)
2008年05月15日
ATLAS ③
上の写真は、村上隆氏のコンテンポラリー・アートの新作ではない。(笑)
とてもユーモラスな表情を持つこの車の正体は、チータ・リバーサイドである。
一見、マーコスやブリストルを思わせる人面的な顔付きである。
さて、1/24のスロット・カーではCOXやストロンベッカー等が有名だが、クリアボディーを除いては、インジェクション・モールドのチータは存在しなかった・・?様に記憶している。
ここにUPしたチータのボディー・シェル(ボディー本体だけで、内装、クリアパーツなどは一切無い。)は、やはり数年前にeBayから拾い上げた物である。
最初は何(どこのメーカー)のボディーかまったく判らなかった。
子供のゼンマイ使用のおもちゃのボディーかとも思っていた。
又、造形もいまいちで、ボディー自体の表面処理も荒れているので、金型を磨かずに直ぐに注型したテスト・ショットのボディーの様にも思えた。
そして・・・、手元において何年か眺めているうちに、もしかしたらアトラスの#1665のチータ・リバーサイドのプロトタイプのボディーではないかと思う様になって来た・・・。(爆)
それはその後入手する事となった、ハセガワの成型色が赤のDINOのボディー・キットのマウント・ポストを見てからだ・・・。
(つづく)
2008年05月10日
ATLAS ②
さて、前回UPしたアルファロメオのカングーロだが、箱に記載されている番号は#1663-498となっており、発売予告広告の番号とは異なる。
又、このインライン・シャーシーをアトラスでは”シズラー(SIZZLER)シャーシー”と名付けていた様だ。
このシャーシーはカングーロとLYNXと言う車種に使用されており、ブラスの2ピースで長さが調節出来る様になっている。
ギアはブラスのハイポイドだ。
モーターはAT-708(HIT-1000)で当時のモーターの中では安価な部類に入る。(マブチ製ではないらしく、私はオタンコ・モーターと呼んでいる 笑)
カングーロのホイル・パターンは5本のアメリカン・マグ・タイプで、ミドリの繊細(カンパ?クロモドラ?)なホイル・パターンには遠く及ばない。
アトラスはホイル・パターンにはあまり気を使って無かったらしく、2種類程のホイル・インサートを全車種で使いまわしている。
蛇足だがエルバ・マクラーレン、ロータス30(共にタミヤボディー)は、ブラスの調節出来ないインライン、ワンピース・シャーシーを使用している。
モーターはAT-708で、クラウン・ギアはブラスのハイポイドだ。
アトラスではこのシャーシーを箱に”パン・シャーシー”と謳っている。
左から フェラーリ330P2,ローラT70、エルバ・マクラーレン、ロータス30の各シャーシー。
(フェラーリ以外は着色)
(つづく)
2008年05月01日
ATLAS ①
いよいよ5月・・・、ゴールデン・ウイークに突入した。
ブログを書いていて、誤字、脱字、変換ミス等には気をつけているつもりなのだが、ミスをスルーさせていることが多い。 ・・・だめだ~!!(涙)
又、書きたいことをあまり温存させていても忘れてしまうので、直ぐに思いのままに書かない事には、これもまた先に進まない。
とりあえず、時間のあるときに書いておこう・・・。(笑)
ここに当時の1枚のアトラスの広告がある。
中央には、大きく1/24サイドワインダーと書かれている。
まさしく、サイドワインダー・シャーシーで間もなく発売、乞うご期待と云う広告だ。
これから発売される4台の車は・・・、
Kit# 1664 LOTUS/PORSCHE
Kit# 1665 CHEETAH RIVRESIDE
Kit# 1666 DINO
Kit# 1667 ALFA ROMEO "CANGURO"
・・・で、すべて$4、98と安価な価格を謳っいる。
(当時の邦貨では1800円前後なのだが・・・。)
広告の上帯の3台は確かに魅力的な車種だ。
中央のディーノの絵は、どこかで見た様な気がする・・・?
#1667のアルファのカングーロは、当時発売されていた。
これはご存知の様に、日本のミドリのボディーにアトラスのシャーシーを装着したもので、予告のようなサイドワインダー・シャーシーではない。
(つづく)
2008年04月29日
VSRN (② アトラスのロータス・ポルシェ)
さて、このロータス・ポルシェのプロトタイプ・ボディーだが2台作られていた模様で、その内の1台は実車のロータスのエンスージャストの手に渡ったらしい。
この車は4気筒エンジンなのに6本のインテークがあることが、この初期ボディーを見た小数の人々の間で論議になった様だが、これは注型用のピンであるらしい。
又、ABSで注型されるアトラスのボディーの中では、最も薄い物だった様だ。
初期の原型にはエプロン部分にくぼみが有ったり、いくつかの問題点が有った様だが、それらは修正され、完成した製品は綺麗になっていた。・・と書かれている。
(すると、発売用のボディーは、この原型から多少違った物になっていた可能性がある。 その発売用のボディーが、ロータス・フリークの手に渡ったのであろう・・・・。)
このボディーの裏面には4本のポストが立っているが、これはパンタイプ・シャーシー用に作られていた為で、今回のレポートには写真は無いが、既にデカルやドライバー人形、シャーシー等も存在していた
らしい。
それにしても、65年当時、飛ぶ鳥を落とす勢いのジム・ホールのシャパラルを、僅差の得点で破りUSRRCのチャンピオンになった車だけあって、おもちゃで有っても魅力的だ。(笑)
この写真は1965年のCAR and DRIVERのチャンピオン・プラグのADからの抜粋
VSCC | 投稿者 B&H
